これは演劇ではないブログ|これは演劇ではない | This is not the Theater.
これは演劇ではない俳優ブログ 10《2019.1.24》

西山真来(青年団)(カゲヤマ気象台『幸福な島の誕生』出演)

「これは演劇ではない」内「幸福な島の誕生」も千秋楽を迎え、フェスも今日のAokidさんのアフターイベントを残すのみです。(21日昼現在)

とても多くのことを感じ考えたフェスだったので覚え書き。

アゴラ劇場は見慣れた劇場だったけど、コンクリートと木と鉄骨でできてるんだな、劇空間である前に物体なんだな、と今回初めて気づきました。皆さん素材として扱ってたから。

あとアゴラで演劇をするときは大抵、一階の楽屋から裏階段を足音をたてないよう静かに上がって小扉から楽屋袖に入ってましたが、建物の構造的には一階からの梯子で入るかエレベーターの方が便利だなと思いました。 なのに今まで忍び足で小扉から入って「嘘」を作りに集まって…て、変な行為だなーって思いました。
その変な行為のこと愛してるなーと思うけど、ちゃんと愛するためには「ここにあるのはただの物体でしかない(予めドラマが用意されてるわけではない)」ということを知っておく必要があるなと思いました。 いろんな価値観の現場があるけれど「これは演劇ではない」通過俳優として、それは基準にしたいです。

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これは演劇ではないブログ 24《2018.12.23》

文化祭の詳細をなぞっていくことをフェスティバルでも出来るかな

―Aokid

もう幾つ寝ると、これは演劇ではない、のフェスティバルまでもうすぐだ。

僕は6人の主要作家とは別枠で参加する、最初の企画の時点から声がかかってそれでずっといるけど、だんだんこの6人の作家と制作サイドを含めたLINEでのやりとりが具体的になって、色んな情報がシェアされながらまさに準備が進んでいくのを横目で見ている。と同時に、自分の動き方を計り兼ねながら変な距離感でいる、ようやく僕の方からの具体的な関わり方が見つかり今まさに投げているところ、こういうのどうだろう?と。 3つの企画です。アブストラクトなパフォーマンスをぶつけてみる企画と、ダンスのショーケースとトークの企画、それとクロージングイベントでは演劇人による誰でもダンスバトルを企画している。レゴブロックで出来ていく演劇フェスティバルにダイヤブロックも混ぜて作れないか、みたいなアクションなんじゃないかな。

そもそも考えてみると、こんな風にしてフェスティバルに関わるというのは中々特殊なケースとも言えるんじゃないだろうか、だってどうなるかわからないを最初の器作りの段階から設定しているようなものじゃん、と。 きれいなコップじゃなくて、最初から突起物が横に少し出ているような、そんな感じじゃん、と。

その突起物なりの出来ることをやはりがんばってやりたい。期待に応えたい。(そういうとどこかメジャーリーグから来た助っ人選手みたいな)突起物の可能性を見せたい、プレゼンテーションしたいと思っている。 たくさんのフェスティバルが今、世の中に立ち上がってきている。一方で日本はお祭りなんだ、なんて言われながら。

僕にとってお祭りは文化祭の思い出や経験かもしれないな、ウォーターボーイズとかさ、クラスの出し物や有志のダンスや人間ボーリングなど、学校がいつもの機能とは違う運動を建築と人が一緒になって動き遊び始めていく。どこまでも身体中に広がり、めぐりがよくなるようにすみっこまで遊びつくそうと景色を広げていく(広げていくのはそれぞれの小さな言動でやなんかで)、おさえつけられた日常の授業や部活なんかも飛び越えて、違う学校のあり方が働き始める。

そういう学校に通うあの期間は輝いていて、何かありそうで、走り切ってやろうといい景色の中にいようという思いでいっぱいで動いていたり、声をかけたり、パフォーマンスをしていた。 そういうところから出発していくイメージを大人になっても持ちたいと思う。というか最近思い出して、言葉になったんだ。

だからどうぶつえんとか今やっている少しフェスティバルみたいな側面を持った事たち、このフェスティバルでの企画とかもなるべく自分の言葉と身体で動き始めたい。誰と誰がいて、何を動かしたくてやるのか、そういうことの始まりは小さい頃に友達と集まって始めたこととどう違うのだろうか、だんだん誰がいるのかわからなくなっていく社会の中にいるような気がしてきているが、出会う時はそういうんじゃなくて出会うじゃない?そこでだんだん決まっていく、1日中遊んで朝待ち合わせ後すぐは楽しいけど途中3時くらいはつまんない時間が流れる、でも太陽が沈み始めたくらいからそのうちの1人がやり始めたアイディアが面白くなって帰りたくなくなるような長い時間の流れで考えたい。いや、大丈夫だろう、そういう宇宙の中を生きている。


と、横目で見ている視点から出発したものの自分の想いみたいな方に流れ書いてしまったが、少し横でこのフェスティバルを見ているという立場から何が眺められるのかがもう少し重要で、面白いことなはずだからそこでの仕事をどれくらい展開出来るだろうか。

本当はもう少し動けることがあるんだろうな。ところでこないだの12/17の座談会では、同じ日にかぶってSTスポットでアーティストの関川航平くんをゲストに呼んでの企画をした。詩のハードルという、2人とも詩人ではないけども、そういうタイトルを採用し企画が走り始めた。

関川くんの他にもその企画シリーズではよだまりえちゃんというシンガーソングライターやダンス批評家の木村覚さんを呼んだりしてイベントを行っていったシリーズでした。そうやって違うバックグラウンドの人を呼んで集まったりするのも面白くて、劇場の中を違う喋り方が進んでいくような感じがあった。それぞれの喋り方がたくさんの空間の中で、今日も起きて欲しいとも思うんです、そのためにはくり出さないといけないなぁなんてことを年の瀬で思ってiLL。

これは演劇ではないブログ 14《2018.10.13》

ベースボールソングは劇場から出た街で聴かれることと練習する時

―Aokid

僕はベーブルースではない。

「これは演劇ではない。あれは演劇ではない。じゃあ何が演劇なの、かげやま〜くん?」と先日歌ったのが僕Aokidだ。

僕はこの名前を高校3年生の時につけた。それまではブレイクダンスのコミュニティーではいつもいつも〜と実は呼ばれていた。この名前はその日先輩クルーの練習先に出向いた際に来ていたサッカーのゲームシャツを誤読されてフェラーリと読まれてそこからいわゆる感じで面白がられてそう皆が呼んでいた。配慮のある人はフェラーリってちゃんと(なのか?)呼んでくれていた。

岡村隆がブレイクダンスをやる時のニックネームがKidで、ブルーハーツとか青春とかいいよなぁとか思って、子供以上、成熟未満みたいな感じの合体的意味もありAokidとした。

中高生の時にWATER BOYSに魅せられて(映画も見たし、お台場にも観に行ったし、実際に高校の文化祭で行った。)、大学では映画を勉強しようと入って最初にそこで出来た友達たちと観に行ったのはNYの80年代を舞台としたミュージカルRENTだった。

RENTを作ったジョナサンラーソンは30歳でRENTがプレミアで発表される直前にエイズで死んでしまった。それだけじゃないけどとにかくNEW YORKに大学1年生の時に訪れそこでブロードウェイでのRENTを見た。段々コンテンポラリーダンスを知るようになった際にKENTARO!!さんに出会ってそこで舞台を勉強するのはとにかく数を見ろ、とKENTARO!!さんは当時年間100本は見ていたそうだ。演劇も見た方がいいと言われて、見るようになった。大学の映画専攻の同級生にたかくらかずきくんがいて彼が劇団と仕事をしているということで範宙遊泳を観に行くようになった。大学の授業でもチェルフィッチュの映像を見たりした。確かにダンスと重なるところがあると段々思い始めたし、日本でなら日本の映画より自分が見たいと思うものが演劇での方が見えるようにも思った。 友人からはブルーマンがあることやNYでの面白いパフォーマンスを教わったり、そして大学2年生の時に行ったベルリンでは川口ゆいさんが参加する作品はなんというかパーティーという形態であった、ただ見るということが難しく一緒に参加しながら色々経験していくような作品体験だった。

段々、KENTARO!!さんの手伝いやダンサーとして参加していくうちに演劇をやる友人も増えていった。でも経由はそこだけじゃなく、いろんなところにあった、橋本匠くんを通して岸井大輔さんに会ったり岸井さんからカゲヤマくんに会ったり、BONUSを通して村社くんにあったり、BUoYをそして杉浦くんを通して額田くんに出会ったり、、あるいは新作の出演者を探していた篠田千明さんは白神さんや岸井さんなどのオススメを通して連絡をくれたり、多田淳之介さんはダンコレの審査を通してだったり、そんな風にしていつの間にか演劇の人と協働することが多くなった。これは彼らの好奇心によるところも大きいのだと思う。ダンスだと1人でも作品を作り得てしまうからその可能性は減ってしまう傾向にあるのだ ろうか。でもそれだけじゃなく、作品という部分以外でも誰か他の人と話したいという気持ちだったり、何か前への興味だけでなく横がどうなっていくかへの興味も働いていたんじゃないか、そんなことを思ってみたりする。その時の彼らの顔とともに。

そう話しは少し戻るけど、自分はこれからも色んなものに興味を持って見に行きたいと思うし、何か疑って見ていくような視点の1つとして、これはいったいダンスなのか演劇なのか、あるいは音楽なのか、とかそういったことが見ていると起きてくるところがあってすごく意識的にそれだけを探してしまうとがんじがらめになってしまいそうだからいい塩梅でそんなことも考えながら色々見て、やっていきたいと思う。 こないだ発表したTalkingKidsでは額田くんはじめメンバーの力を借りていくつかの楽曲を作ることが出来た。制作現場では、なんだかほんとにミュージカルを作っているような錯覚が一瞬起きたりした。雨に唄えば、とかTakingHeadsのStopMakingsSenseとかのライブ映像もいいよね、あと脳内ニューヨークって映画もいい、劇作家が主人公で街の中にもう1つの街の巨大舞台セットを作ってしまう話。あとはニューシネマパラダイスで、村にある建物の側面に映写機をあててみんなで見るという景色だったり、ソウルキッチンでは倉庫を改装してレストランにしてご飯食べて音楽をやるパーティーのシーンがあってあぁいうのも最高だなぁと思って。世界の中心で愛を叫ぶ、の主人公が助けてください!って叫ぶシーンも絵 の中で体が真ん中にあってそこから叫ばれるのは絵であり、絵を少し飛び出るような飛び道具的なアクションの迫力、原体験が詰まっているようで、ダンスとしてもインスピレーションをもらった。それがこの20歳の時に行った初めてのパフォーマンス。

https://www.youtube.com/watch?v=Yni0TU-1XuA&t=4s

確かに今の日本のプロ野球とか甲子園の感じとかはそんなに好きじゃないけど、野球も、球場もいいなぁと思っていて、球場に外から入ってナイターを観に行った際に会場のライティングが緑のグラウンドと広がる客席を照らしどこまでも夜空が広がっているそういう状況がこの建築にはあって、そういところも面白い。最初はもっと小さなコートとルールから始まったのかもしれないけど。 スポーツとか舞台とか、小さく起こっていくダンスとか、そういったものがばらばらに集まっている街があって時間が経過していく、経過していく時間の中でそれぞれが運動を持った人、が集まったりする瞬間が”これは演劇ではないフェス”の時間だったりして、それが他の経過していく時間たちの中でまた他のことと関係していくこれからも。そういうことを大歓迎していくために、僕の方も準備を手をつけはじめなければ。この場以外で起きていることのためにも、この場がばっちりしていくような、取り組みを少しづつ進めていかねば。


11月か12月くらいにはあるアイディアを提案したいと思っています、なにか得体の知れないバンバンバンとしたようなものを、、!

僕はこのフェスにおいてちょっと変化球的な、いやなんだろう代打みたいな、いや始球式ピッチャーのような、いや7回の表が始まる前のチアダンサーのような役割を担うかと思う、いやそれさえもこれから作っていくことだろう。そこでの取り組みは果たしてどんな感じになるのか、、、お楽しみにどうぞ!

これは演劇ではないブログ 06《2018.8.25》

― aokid

現在、バンコクにて篠田千明と新作の制作をしている。
今、バスを待っているのだけども中々来ない。
木曜日に学校についてる劇場で岡田利規さんの新作を観る。四時間にもなる作品で小説を原作に作られたものでした。 そしてまた次の日、クリエイションに入る。
今回作っているのはバンコクに来て6年になる篠田さんがリサーチした超常現象をもとに現地入りした僕の浮かんだアイディアや、また現地の共演してくれる伝統芸能を行うおじいさんとのリハーサルなどを通して作っている。 参加するのはBangkokBiennialという3カ月にわたるフェスティバルで、インディペンデントなところから出発した。 2人の現地出身の作家と移り住んできた外国人の作家の3人から始まったそう。
今回の意図の一つとしては東南アジアの中でアーティストが色んなところから集まるハブとしても機能しているバンコクと、もう一方のローカルのアーティスト達との交流も図りたいということもあるという。

帰りのTAXIの中でもこの"これは演劇ではない"フェスについての話を篠田さんとしたり、また何年も前に彼女が快快やままごとなどが参加したフェスの作った雑誌を持って来てくれるという。

日本で演劇を観ることが増えたけど未だにわからないことだらけで、またなぜかずっと続けて見ているが、今年はもっと音楽聴きに行ったりまだ見たことのないジャンルなんかも観に行きたいと思っていてまだあんまり出来ていないのだけど。
しかし今回、こういったフェスティバルに関わることになって自分なりにあげれるアイディアを出していこうと思う。

本番前なのでバタバタしてしまって書きたいことが散らばってしまったり、終わり切ってもないのでレポート調にもなれず。
ただこのバンコクで自主的にアーティストが集まって現状をなんとかしようと動いたことや、そこに集まったたとえば篠田さんが言っていたように現地で出来たたくさんの友人たちと一緒に同時に何か出来るかもしれないチャンス、ということを状況も違う中でそれでも何か頭の片隅に置いておきたいな。

Tiger,Tiger
2018.8/23〜25